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【 ヒロシマ、その心の傷の大きさ、そしてその深さ 】《第4回・ 完 》

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所要時間 約 11分

本人に留まらず、おさない家族にまで心的障害を伝えてしまった原爆の後遺症
ヒロシマ、ホロコースト、ベトナム戦争、クロアチア紛争…人間と人生を破壊し続けた戦争と核兵器
被害者であるにもかかわらず、被爆体験の重さ大きさ、そして事実を恥じる気持ちから口を閉ざした被爆者
戦争そして核兵器の使用が、人間が人間らしく生きるという事を徹底的に破壊した

サラ・スティルマン / ニューヨーカー 2014年8月12日

広島原爆ドーム02
6歳の時に広島市の平和祈念資料館を訪れたケニ・サバスは、頻繁に涙を流して泣くようになりました。
そして子供ながらに不眠症になってしまったのです。
空を飛行機が飛んでいるのを見る度、パニックに陥るようにもなりました。まるで富子さんの反応と同じように。
「母は結局、私を祈祷師のもとに連れて行く羽目になりました。」

「みんな私が広島でゴースト、幽霊か死霊に取りつかれてしまったと考えたようです。」
長い間、夏になると幽霊はサバスに取りつくようになりました。
彼女はものに怯えやすく、わずかな事にも敏感に反応し、そしてその目は虚ろでした。

近年になって精神医学分野の研究が進むことにより、富子さんとケニ・サバスが体験したことは『精神的外傷の世代間伝播』と解釈されるようになり、家族間あるいは同じコミュニティ内で悲惨な体験に起因する精神症状などが受け継がれていくことに関する学問的体系も成立しつつあります。

広範囲にわたる研究も行なわれるようになり、その端緒となったのはホロコーストを体験した人々の子供たちの「二次精神的外傷」の診断でした。
さらにはベトナム戦争の従軍兵士の妻、そして非公式ではありますがイラク戦争とアフガニスタン侵攻に従軍したことによりPTSD(心的外傷症候群)に襲われた兵士の家族に対する調査研究も数多く行われています。

syr22
2007年にクロアチア紛争の56人の心的外傷症候群に襲われた戦争退役軍人の妻に関する調査では、その3分の1が「二次精神的外傷」と診断されるべきストレスを抱え込んでしまっていることが明らかになりました。
中には実際に戦闘に参加して兵士と同じ心的外傷症候群の症状を呈している家族もいたのです。
その症状は繰り返し見る悪夢、無気力無関心、易怒性、慢性疲労感、自らの人格の崩壊に対する失望感、喪失感などです。

直近では臨床心理士ロバート・モッタがイラク戦争とアフガニスタン戦争の退役軍人の家族を襲った精神的外傷に関する記事のため取材を行っているニューヨーカー誌のマック・マクレランドに、こう語りました。

「精神的外傷は、本当は個人にだけに発生する症状ではないのです。」
「精神的外傷は、いわば接触伝染病です。それは外傷を与えられた人親しい関係にある人間なら、誰にでも影響を及ぼし得るのです。」

しかし精神的外傷の伝播についてそれを伝染性のものとしてとらえることは、全体増の把握には不適切であるか、場合によっては誤解を生じさせるもとにもなります。

広島11
ひとつには 『伝染』という単語を使うことにより、恥辱、不名誉などの概念は本来細菌やウイルスへの感染とは無関係であるにもかかわらず、何か特効薬を準備しなければならないような事態を人々に連想させ、挙句は的外れな批難まで引き出してしまう可能性があるためです。

そして、不名誉は心の奥深くしまいこまれることになります。

まだ小さかった時分、ケニ・サバスが飛んでいる飛行機を恐怖の対象としてとらえ始めたとき、彼女はこんなことを思いました。
「どうしたらあの飛行機に乗っている人に、私は(日本人では無く)アメリカ人なのだという事を知らせることが出来るだろうか?」

彼女は日本に行く時、白人の海軍士官である父が同行してくれれば、飛んでいる飛行機にサバスがアメリカ人であり、祖国に対する忠誠心をしっかりと持っていることを伝えてくれるかもしれない、そんなことを考えていました。
被爆者の混血の孫である彼女が二度と傷つけられないようにするためには、白人海軍士官の父親の存在が不可欠であるように彼女には感じられたのです。

やがてハイスクールに進学すると、ケニ・サバスはディベート・コンテストの優勝者となりました。
テーマは核兵器の拡散防止です。

fallout
そしてイエール大学(ハーヴァードと並ぶアメリカ東部の名門大学)に進学、グローバル・ゼロ(国際的核軍縮グループ - http://www.globalzero.org/ )の学生リーダーとしてホワイトハウスを訪問することになりました。
この機会に彼女は最近個人としてのエッセイ、おばあちゃんの『生き地獄の光景』を完成させました。
「どうか私の祖母のメッセージを忘れないでください。そしてメッセージを享けて行動することを。」

* * *
1950代後半、日本政府は原爆被害者に一定条件の下で医療保障を行うため、被爆者手帳の配布を開始しました。
富子さんは海外在住者として初めての被爆者手帳の取得者となるべく、日本に渡ることにしました。
彼女は一連の手続きを済ませた後で、被爆後初めて他の被爆者たちと一緒に日本国内の温泉で共に心身を癒す機会を得ました。
富子さんが被ばくによる精神症状の寛解の兆候を初めて見せ、そして長い間心の中にわだかまっていた被爆体験、そして彼女を最も苦しめた被爆後の症状について、初めて他の人びとと思いを共有しようとする様子を見せたのがこの場においてでした。

昨年の秋、富子さんはイエール大学の孫娘の学友たちに、被爆者としての彼女の体験を語り伝えるためにボストンへと旅立ちました。
「私は自分の中に残る勇気を振り絞り、被爆体験についてあらゆる思いを伝えたいと思っています。」

ハーシーの「ヒロシマ」の最終章には、著者がインタビューを試みた被爆者の多くが口を閉ざしたままか、あるいは原子爆弾の倫理的妥当性についてすら感想を言おうとしない被爆者の姿が描かれていました。
その代りに彼ら他皆一様に次の言葉を口にしたのです。
「仕方がない…とにかく仕方が無かった…」

広島原爆ドーム
しかし88歳になった今、富子さんは口を閉ざしたまま肩をすくめるだけの態度を捨て去ったように見受けられます。
かたしの取材が富子さんが暮らす家のダイニングキッチンで終了した時、娘のみのりさんがたくさんのペストリーと果物をお土産として持たせてくれました。

みんなでロビーに出て、わたしがこの家を辞する時がやってきました。
話を終えた富子さんの頬は、幾分紅潮しているように見えました。
富子さんの家族が全員で戸口に立ち、車で走り去る私を手を振って見送ってくれました。

突然ハンドルをにぎるわたしの脳裏に、19歳の富子さんが広島市内の職場に向けて颯爽と歩く姿が鮮やかに映し出されました。
そこでは19歳の乙女が、8月の空をまっすぐに見上げていました。

〈 完 〉

http://www.newyorker.com/news/news-desk/hiroshima-inheritance-trauma
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この記事の最後の3行に、原爆という核兵器がどれ程残酷非道なものであるかが見事に表現されていると思います。
一部の人間が勝手に始めた戦争、そしてごく一部の人間が決めた核兵器の使用、それによってとんでもない苦難を背負わされることになった19歳の女性の人生。
トルーマン・カポーティなどに世に出る機会を与えた、ニューヨーカーならではのルポルタージュと言えるかもしれません。

これまで広島や長崎の原爆に関する記事やルポルタージュなどを何本かご紹介してきましたが、その都度気になったのが被爆者の方々が自らを恥じなければならなくなった、
かつてご紹介したアメリカCBSニュースの記事では、投下直後から当時のトルーマン政権が原爆を正当化するキャンペーンが大々的に開始されたという記事がありました。
とすれば被爆者の方々は被爆体験、後遺症、そして原爆を正当化するプロパガンダの3重苦を強いられ続けたことになります。

その状況、現在のフクシマに共通しているのではないでしょうか?
現在も政府系のY新聞、S新聞、Nテレビ、Fテレビ、そこに大手広告代理店などが加わり、フクシマの被災者や脱原発に取り組む人々を貶めようとする『キャンペーン』が行われている…
そう感じるのは、私の錯覚でしょうか?

明日27日は掲載をお休みいたします。
よろしくお願いいたします。

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今回の記事は昨年4月に翻訳してご紹介した『実録『トモダチ』作戦(4部全16回)と内容が重複している部分があります。
実録『トモダチ』作戦は【星の金貨】の連載の中で最も原稿量の多いものでした。
この記事をお読みいただいて、さらに詳しい状況に興味を持たれた方は、下記のルポルタージュもご参照ください。
第1部第1回( http://kobajun.chips.jp/?p=9738
第2部第1回( http://kobajun.chips.jp/?p=9915
第3部第1回( http://kobajun.chips.jp/?p=10041
第4部第1回( http://kobajun.chips.jp/?p=10211





 

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