インサイド・ガヴァメント 2015年8月11日
2016年大統領選に向け初めて開催された共和党の大統領指名獲得争いの議場で、医学博士で政治家でもあるベン・カーソンは優れた大統領の条件として『優れた頭脳を有しているかどうか』が最も重要な条件であろうと語りました。
今回ランキングに使われた大統領のIQは2006年にカリフォルニア大学のディーン・シモントン教授が発表したデータに基づくものです。彼は著作や事歴を分析してIQを測定する『ヒストリオメトリック』と呼ばれる手法により、各大統領の知能指数を計算しました。
10位 第21代大統領チェスターA.アーサー(大統領執務1881 - 1885年)
IQ: 141.5
1829年10月5日生まれ ニューヨーク出身
大学: ユニオン大学
最も知的な大統領の1人であることは間違いないにも関わらず、チェスターA.アーサーは通常、さしたる業績も無いと見なされています。
しかし目に余る政治腐敗の改革に尽力した手腕は、充分賞賛に値するものです。
9位 第20代大統領ジェームズ・ガーフィールド(大統領執務1881 - 1881年)
IQ: 141.5
1831年11月19日生まれ オハイオ州出身
大学: ウィリアムズ・カレッジ
ガーフィールドはウィリアムズ・カレッジの優等生として知られ、学年第2位の成績で卒業しました。
ガーフィールドは右手でラテン語の文章を書きながら、同時に左手で古代ギリシア語を書くことができると言われていました。
8位 第26代大統領セオドア・ルーズベルト(大統領執務1901 - 1909年)
IQ: 142.3
1858年10月27日生まれ ニューヨーク出身
大学: ハーバード大学
テディ・ルーズベルトは歴代のホワイトハウスの住人の中でも、最も知的好奇心の強い大統領の1人でした。
著述家としても35冊の本を出版、その主題は1812年のナポレオン戦争からアフリカの植民地争奪戦にまで渡っていました。
彼はまた自然主義者と環境保護論者としても、尊敬される存在でした。
7位 第2代大統領ジョン・アダムズ(大統領執務1797 - 1801年)
IQ: 142.5
1735年10月30日生まれ マサチューセッツ州出身
大学: ハーバード大学
アダムズは、非常に知的な政治的なであり、同時に優れた理論家、歴史家、弁護士でもありました。
成長してラテン語学校で優れた成績を収めた彼は、わずか15歳でハーヴァード・カレッジへの入学を許可されました。
【 歴代アメリカ大統領のIQ(知能指数)順位 】《4》6位~4位
インサイド・ガヴァメント 2015年8月11日
2016年大統領選に向け初めて開催された共和党の大統領指名獲得争いの議場で、医学博士で政治家でもあるベン・カーソンは優れた大統領の条件として『優れた頭脳を有しているかどうか』が最も重要な条件であろうと語りました。
今回ランキングに使われた大統領のIQは2006年にカリフォルニア大学のディーン・シモントン教授が発表したデータに基づくものです。彼は著作や事歴を分析してIQを測定する『ヒストリオメトリック』と呼ばれる手法により、各大統領の知能指数を計算しました。
6位 第39代大統領ジミー・カーター(大統領執務1977 - 1981年・写真上 / 以下同じ)
IQ:145.1
1924年10月1日生まれ ジョージア州出身
大学: 米国海軍兵学校
ジミー・カーターはIQの高さが大統領として必ずしも優れた業績にはつながらないという事を証明した事例と言えるかもしれません。大統領就任以前、カーターは海軍士官学校で自然科学の学位を取得して卒業、後にユニオン大学で原子物理学の修士号を取得しました。
5位 第28代大統領ウッドロー・ウィルソン(大統領執務1913 - 1921年)
IQ: 145.1
1856年12月28日生まれ ニュージャージー州出身
大学: プリンストン大学
政治学の博士号を取得したウィルソンは、1902年から1910年までプリンストン大学の学長を務めました。
大統領就任後にウィルソンは進歩改革運動の主要な人物となる一方、第一次世界大戦の開戦から戦後処理までを行いました。
4位 第42代大統領ビル・クリントン(大統領執務1993 - 2001年)
IQ: 148.8
1946年8月19日生まれ アーカンソー州出身
大学: ジョージタウン大学
クリントンはジョージタウン大学でファイベータ・カッパクラブに選ばれ、オックスフォード大学に進学するためのローズ奨学金を与えられました。オックスフォードでは哲学、政治学、経済学を学びました。
エール大学でも法律の学位を取得しています。
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【 歴代アメリカ大統領のIQ(知能指数)順位 】《1》
インサイド・ガヴァメント 2015年8月11日
2016年大統領選に向け初めて開催された共和党の大統領指名獲得争いの議場で、医学博士で政治家でもあるベン・カーソンは優れた大統領の条件として『優れた頭脳を有しているかどうか』が最も重要な条件であろうと語りました。
今回ランキングに使われた歴代の大統領のIQは2006年にカリフォルニア大学のディーン・シモントン教授が発表したデータに基づくものです。彼は著作や事歴を分析してIQを測定する『ヒストリオメトリック』と呼ばれる手法により、歴代のアメリカ大統領の知能指数を計算しました。
27位 第41代大統領ジョージ H.W.ブッシュ(大統領執務1989 - 1993年・写真上 / 以下同じ)
1924年6月12日生まれ テキサス州出身
IQ: 130.1
出身大学: エール大学
エール大学通学前、ジョージH. W.ブッシュは海軍に入隊し第二次世界大戦終了時まで従軍していました。政界入りする以前、石油業界で成功していました。
26位 第25代大統領W・マッキンリー(大統領執務1897 - 1901年)
IQ: 130.2
1843年1月29日生まれ オハイオ州出身
大学: アレガニー・カレッジ(中退)
W・マッキンリーはアレガニー・カレッジを中退しましたが、後にオールバニー法科大学院の法律学位を取得しました。マッキンレー大統領は2度目の任期に入った6ヵ月後、暗殺による悲劇的な死をとげました。
25位 第11代大統領ジェームズK. ポーク(大統領執務1845 - 1849年)
IQ: 130.2
1795年11月2日生まれ テネシー州出身
大学:ノースカロライナ大学
ポークは「業績の割に最も無名な大統領」と呼ばれてきました。大統領として任期は1期だけでしたが、メキシコ戦争を統轄して劇的に国の版図を広げ、アメリカの金融システムk
近代化を成し遂げました。
24位 第22代大統領グローバー・クリーブランド(大統領執務1885 - 1889年)
IQ: 130.9
1837年3月18日生まれ ニューヨーク出身
大学:進学せず
クリーブランドは大学教育を受けるだけの経済的余裕がありませんでしたが、弁護士としての成功を手にしました。
大統領時代、クリーブランドは正直、そして勤勉という評判を得ました。
23位 第37代大統領リチャード・ニクソン(大統領執務1969 - 1974年)
IQ: 131.0
1913年1月9日生まれ カリフォルニア州出身
大学: ホイッティアー・カレッジ
ニクソンには史上最もスキャンダルにまみれた大統領という悪評がついてまわるかもしれませんが、その知性の高さは疑いようのないものです。
辞職以前、ニクソンはいくつかの大きな外交的政策目標を実現させ、数多くの環境規制を実施に移しました。
22位 第34代大統領ドワイトD.アイゼンハワー(大統領執務1953 - 1961年)
IQ: 131.9
1890年10月14日生まれ カンザス州出身
大学: 米陸軍士官学校(ウェストポイント)
アイゼンハワーは第二次世界大戦の間、連合軍の陸軍元帥としてヨーロッパ戦線の最高司令官を勤めました。大戦終了後の1948~1953年にはコロンビア大学の学長を務めました。
21位 第23代大統領B・ハリソン(大統領執務1889 - 1893年)
IQ: 132.2
1833年8月20日生まれ インディアナ州出身
大学: マイアミ大学
1期4年の大統領就任以前、彼は有能な弁護士として知られ、ベネズエラ共和国の顧問弁護として、イギリスと対決した経験も持っていました。
20位初代大統領ジョージ・ワシントン(大統領執務1789 - 1797年・写真上・以下同じ)
IQ: 132.5
1732年2月22日生まれ ヴァージニア州出身
大学:進学せず
ワシントンは大学での教育を受けることなく、初代の米国大統領になることができました。
ワシントンは学歴の代わりに鋭い政治的洞察力を持っていたことに加え、熟練した軍指揮官でもありました。
19位 第8代大統領マーチン・ヴァン・ビューレン(大統領執務1837 - 1841年)
IQ: 133.4
1782年12月5日生まれ ニューヨーク出身
大学:進学せず
ヴァン・ビューレンは14歳で法律の独学を始め、わずか7年後には弁護士の資格を手に入れました。
そして彼はアンドリュー・ジャクソン同様、初期の民主党における最も有名な建築家の1人でもありました。
18位 第19代大統領ラザフォードB.ヘイズ(大統領執務1877 - 1881年)
IQ: 133.9
生年月日1822年10月4日生まれ オハイオ州出身
大学: ケニヨン・カレッジ
前任者であるユリシーズS.グラント同様、ヘイズは南北戦争後、国内を安定させることに苦労しました。
17位 第9代大統領ウィリアム・ヘンリー・ハリソン(大統領執務1841 - 1841年)
IQ: 133.9
1773年2月9日生まれ オハイオ州出身
大学: ハンプデン-シドニー・カレッジ(中退)
大統領就任以前、軍人として名声を得ていましたが、就任後わずか32日で肺炎で死亡してしまいました。
16位 第14代大統領F・ピアース(大統領執務1853 - 1857年)
IQ: 134.8
1804年11月23日生まれ ニューハンプシャー州出身
大学: ボードン・カレッジ
素晴らしいアイディアの持ち主という評判を得てはいましたが、大統領としての実績は惨憺たるものでした。奴隷制度の問題の取り扱いに失敗した彼は、南北戦争が始まる直接的原因を作ったと言われています。
-《2》に続く
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南極ロス海で暮らす生きものたちへの朗報
アメリカNBCニュース 2016年10月28日
南極大陸ロス海の積氷。(写真上)
南極大陸の周囲に存在する手つかずの原始の海洋資源を保護するための国際条約が、長年異議を唱えてきたロシアが反対意見を取り下げることにより、2016年10月28日にようやく『重要な』合意に達することになりました。
この条約については長年に渡るアメリカとロシアの外交当局と高官協議の末、ようやく合意に達しました。
南極大陸ロス海のマクマード湾に出来た氷穴を探検している男性。(写真下・以下同じ)
ロス海の氷の海を進む調査船。
ロス海ロジェ岬、黄昏時の皇帝ペンギンの群れ。
南極大陸コンコルディア基地の上に現れたオーロラ。
この基地は、科学者にとって研究を行うのに非常に魅力的な場所です。
9ヵ月もの間、航空機はもちろん、地上を走行する車両も摂氏マイナス80度になるこの場所に到達することはできません。
そして100日の間地平線上に太陽が姿を現す事は有りません。
こうした状況で生活することは、他の惑星で暮らすこととさほど変わらないのです。
http://www.nbcnews.com/slideshow/historic-deal-will-open-world-s-largest-marine-reserve-antarctica-n674876
南極ロス海で暮らす生きものたちへ朗報
アメリカNBCニュース 2016年10月28日
南極大陸の周囲に存在する手つかずの原始の海洋資源を保護するための国際条約が、長年異議を唱えてきたロシアが反対意見を取り下げることにより、2016年10月28日にようやく『重要な』合意に達することになりました。
この条約については長年に渡るアメリカとロシアの外交当局と高官協議の末、ようやく合意に達しました。
オーストラリアのホーバートで開催された南極海洋生物資源保護委員会会議の席上、ロス海海洋公園ではこれから35年間、いかなる海洋生物の他雲禁止されることになるとの決議が行なわれました。
南極のロス海は、海洋生態学上世界で最も重要な海の1つ考えられています。
この聖域は南氷洋の12パーセント以上を占め、世界中のほとんどの種類のペンギン、クジラ、海鳥、巨大イカや南極トゥース・フィッシュを含む10,000種以上が生存する場所なのです。
南極のロス海の流氷の上に立つ1羽のアデリーペンギン。(写真下・以下同じ)
ニュージーランドのマレイ・マッカリー外相はロシアを含む最終合意の内容について、完全保護区域の周囲に緩衝地帯を設け、その外側でのみ商業用の海洋生物の捕獲が許可されることになると語りました。
南極大陸ノヴァ湾のヴィクトリアランドでパトロールする英国海軍所属の監視船。
http://www.nbcnews.com/slideshow/historic-deal-will-open-world-s-largest-marine-reserve-antarctica-n674876
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【 カネよりも大切なものがたくさんあった時代の音楽 】《18》
デイヴ・クラーク・ファイブ(Dave Clark Five)[ビコーズ(Because)]1964年イギリス
レターメン(LETTERMEN)[ビコーズ(Because)]
【星の金貨】のメインセクションは下記のURLに移転しました。
http://kobajun.biz/
海外メディアの翻訳記事は【星の金貨new】でご覧ください。
『テロとの国際社会の戦い』が始まって以来、いったい何万人の無関係な市民が殺されてしまったか確かめようも無い
貧困や差別に目を向けることもいないまま、『積極的平和主義』などという愚劣なスローガンを振り回すな
ラミGホーリ / アルジャジーラ 2016年9月11日
▽ 「安全保障を最優先」する考えが生んだ地獄
9.11の攻撃があって以降、世界各地で起きているテロや戦争が安全保障を何よりも優先させるという考え方が生まれ、アラブ地区アジア地区固有の政治状況や社会経済状況が完全に無視され続けることになりました。
その結果、それぞれの場所でテロリストを生む土壌が形成され人々が苦しむことになるという悪循環に陥っています。
その図式はこうです。
過酷な状況に追い込まれた数百万数千万の人々が自暴自棄になり、拡大と繁殖を続けるテロリスト犯罪集団に身を投じるか、それを支援する立場に身を置くようになったのです。
今日最も悩ましい問題は、これらの恐怖組織を育てる大量の市民の不意や不満の根本原因となっているひとつひとつの問題について解決や改善に向けた取り組みが始まるどころか、この15年間で一層悪化してしまったという事実です。
中でも目につく具体的状況が、アラブ地区アジア地区における一般市民に対する政治的抑圧、絶え間なく続いている戦争状態、生活環境の著しい悪化、破壊される民族や宗教の融和、停滞するか悪化する就職状況、一層極端になる経済格差と貧困層の増大、経済成長の速度を上回る勢いで増加する人口、残虐さを増す政権側暴力とそれに報復するように拡大する反政府勢力の暴力、双方を支援する外国の軍事介入の規模拡大と恒常化、何もかもが悪化する一方です。
2001年に始まった外国軍隊による直接的な軍事行動は、無人機による継続的な攻撃も含め、アルカイダとISILが勢力を拡大するための理想的な条件を形成しているのです。
外国の軍隊による直接的な軍事行動が多くの市民を憤慨させた結果、アフガニスタン、パキスタン、イエメン、ソマリア、シリア、イラク、そしてリビアなどでは国家としての機能が分断され、安全も何もすべてがめちゃくちゃになってしまいました。
その結果人々の意識はどう変わったでしょうか?
こうした場所で行われた信頼に足る世論調査によれば、アラブ世界の5~8パーセントの人々がアルカイダまたはISILに対し、好意的な見方をするようになったのです。この数値は地域によっては15パーセントに達します。
5%という数字は一見すると少ないものですが、実際には約2,000万人のアラブ人がシリア、リビア、イエメン、イラクなどの破壊が繰り返されている場所でそれぞれの戦争を続けている、アルカイダやISILその他数百に上る先頭集団に対し好意的な目を向けているという事実を意味するのです。
これに加えて発生している新たな問題が『ジハードの国際化』です。
現代版ジハードはアフガニスタンとパキスタンで過激化し、それがシリア、イラクに移動し、そして今はこれらの拠点が『後方支援』をする形で世界に広がり、その『戦士』の新メンバーもまた国際社会から供給され、その仕組みも強化されつつあります。
▽ 悪化する一方の事態
そして普通のイスラム教徒を悪魔化し、屈辱を与え続けるがごとき西側社会の行動が事態をより一層悪いものにしています。
アラビア語しか話せない人間はアメリカ国内では航空機を利用することが出来ないことに始まり、ひとりのイスラム教徒が引き起こした銃乱射事件が憎悪を生むなどした結果、大統領選の候補者がアメリカ社会の『安全保障』のためイスラム教徒の排除を繰り返し訴える事態まで、反イスラムの動きが先鋭化しています。
西側社会でのこうした状況は、外国軍隊の直接的な介入を受けている国々、そしてそれらと同盟関係を持つアラブ・アジアの強権的な政府の弾圧に苦しむ人々が、ジハード戦士を支援する背景を作りだしているのです。
アメリカ史上最長の戦争が続いているイラク、シリア、アフガニスタンでは2011年以降、アメリカ人兵士とその関係者が10,000人以上死亡し、50,000人が負傷しました。
そして『テロとの戦い』が続く中東から南アジアにかけての12カ国で、いったいどれだけの市民や兵士が死傷したかについては、その数はまったくわからないのです。
先進社会の南側で暮らす白人ではない犠牲者の数は、西側社会の価値観の中では正確な計測の必要すらないようです。
これが『テロとの国際社会の戦い』の基本理念なのです。
この有様ではテロ集団の勢力が拡大に拡大を続け、戦争が果てしなく続いて終る様子が無いことも仕方がないように思えてきます。
そして9.11の15年後の今日、アメリカ人は解決への糸口を見いだせないことにより、なお一層軍事行動への依存を高め、これまで以上に、そして日ついたちを重ねるごとにテロへの恐怖を大きくし続けているのです。
〈 完 〉
※この稿の筆者であるラミ氏は、ベイルートのアメリカ大学のイッサム・ファレス研究所のシニア・フェローであり、ハーヴァード大学ケネディ・スクールの外部シニア・フェローです。
http://www.aljazeera.com/indepth/opinion/2016/09/911-terror-militarism-war-fear-160911055050615.html
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【 シリア、ホワイト・ヘルメットの最前線 】《1》
アメリカNBCニュース 9月16日
ホワイト・ヘルメットは、シリア国内で民間防衛を目的に一般市民によって組織されました。
彼らは、アサド政権の政府軍が無差別に投下するバレル爆弾とミサイル攻撃に対応する救助隊です。
2014年6月2日アレッポに対する空襲の後、子供たちを救い出すホワイト・ヘルメットのメンバー。(写真上)
2016年9月10日アレッポに対する空襲の後、破壊された建物のがれきの下から救い出された女の子を運びだすホワイト・ヘルメットのメンバー。彼らはシリアで果てしなく続いている残酷な戦争の惨禍から市民を助け出すため、毎日、命を賭けています。(写真下・以下同じ)
ホワイト・ヘルメットのメンバーはこれまで60,000人に上る人々の救助を行いました。
彼らは今年のノーヘル平和賞の候補に挙がっていますが、彼らに授賞するよう求める嘆願書には、ハリウッドの有名スターを始め130,000人が署名しています。
5歳のオムラン・ダキーシュ、2016年8月17日、アレッポで空襲受けた建物から引き出され救出された直後、救急車に乗せられました。
ホワイト・ヘルメットがオムランを救出した際に撮影されたこの写真は世界中に衝撃を与え、ホワイト・ヘルメットの名は8月世界的に有名になりました。
血まみれのうえ埃まみれのまま呆然とする男の子の写真は、シリアにおける内戦がいかに凄惨なものかを端的に伝えることになりました。
http://www.nbcnews.com/slideshow/angels-front-line-syria-s-white-helmets-n649691