【 福島第一原発のメルトダウンから4年、終わらない悲劇の実相 】《2》

原発事故は物理的に故郷を消滅させただけではない、心のよりどころすら奪ってしまった
行政や企業の利害によってゆがめられる情報、人々を支配する混乱と困惑
避難所から別の避難所へ、そして仮設住宅へ…過酷な環境の変化に耐えられずに命を落とした女性

フェアウィンズ 3月3日



アーニー・ガンダーセン :
それでは事故発生から4年が過ぎた福島を訪問したフェアウィンズの理事、金子ちほさんに現地の状況について詳しくお話しいただくことにしましょう。

金子 :
日本に行っても、東京に留まっている限りは、福島第一原子力発電所の事故のような巨大災害が発生したことを実感する人は誰もいないでしょう。
そこにあるすべてはごく当たり前の風景です。
しかしいったん福島に、特に福島第一原発の周辺市町村に足を踏み入れたなら、全く異なる生活風景を目にすることになります。
多くの市町村やその中の一部地域は住民が生活することはもちろん、立ち入りも厳しく制限されており、その場所はゴーストタウンが連なっているように見えます。
沿岸部に行ってみると4年が過ぎた今も、津波によってひっくり返った車が誰も手を触れることなくその場に放置されています。

浪江06
アーニー・ガンダーセン :
それら地域の津波によって破壊された建物も放射能に汚染されているため、修理されることはありません。

金子 :
その通りです。
その上街が破壊されてしまったため、地域社会も同時に破壊されることになってしまいました。
物理的に多くの人々が故郷であった町や村で暮らせなくなっています。
それだけの事なのでしょうか?
仮に故郷であった市町村に戻ることが許可されても、もうそこにはかつての仕事も職業も存在しません。
どうやって生計を立てれば良いのでしょうか?
あるいは通い慣れた病院も無く、子どもたちが通うべき学校もありません。
住む場所があっても、生活をしていく上で必要な施設が立ち入り禁止区域の中にしか存在しないという場合もあるのです。

人びとを支えていた生活の基盤…そして平穏な日常…それらすべてがもう存在しないのです。

120118
アーニー・ガンダーセン :
しかしそれでも日本政府はゲンパツ難民になった人々を避難先の場所から連れ戻し、元の場所で暮らすよう、圧力をかけているのではありませんか?

金子 : そうです。
人びとの帰還を促す流れが作りだされているように感じました。
なぜそうしなければならないのか、私はその動機に疑いをいだきました。
いくつかの理由から、私は地元自治体の問題があると考えています。
福島第一原発周辺の市町村のいくつかは、このままでは消滅してしまう。
その脅威は現実のものなのです。
失われるのは、人びとが愛着を持っていた町や村だけではありません。
山や川、慣れ親しんだ自然をも奪われてしまうことになるのです。
故郷の山河に愛着を持つ、そうした感情は人間にとって非常に強いものであるはずです。

NBC 7

様々な点で、原発難民となった人々の帰郷を奨励することにより、日本政府は経費の節減をすることができます。
指定避難区域の設定により、対象となった何万人もの人々はどこかよその場所で生活を再建することになり、当然ながら賠償が必要になります。
人びとが汚染区域に再び戻ることにより賠償の必要がなくなれば、政府や東京電力にも賠償責任が無くなる訳です。
日本のように国土の狭い国では、それは一種の誘惑であると言えます。

アーニー・ガンダーセン :
現在福島県内にいる人々の生活状況はどうなっていますか?
生まれ育った場所を捨てて、他に移り住まなければならないという状況をどう感じているでしょうか?あるいは原発事故の発生により放射性物質に汚染されてしまった土地に、再び戻って生活するという可能性について、どのように考えているのでしょうか?

金子 : みな混乱していると同時に、家族の中に幼い子供さんがいらっしゃる場合には懸念を持っていると思います。
その懸念は非常に深刻です。

放射線測定

私は多くの人々に会って話を聞きましたが、その中には高齢の方もいらっしゃいました。
これらの人々は、自分たちが放射性物質に汚染された食品を口にする可能性もあると語る一方で、孫には決して汚染された食品を食べさせたくないと語っていました。
こうした話は各所で繰り返し耳にしました。
しかしどの食品が汚染されていて、どれが安全なのかを見分けるのは実際にはきわめて困難です。結果的に人々は誤った情報に右往左往させられることになります。
そこにあるのは混乱と困惑です。

アーニー・ガンダーセン :
私が理解しているところでは、原発事故が発生する以前の福島県と言うのは、何世代にもわたって土地と農業を受け継いできた家族が至る所にいて、近くには先祖代々の墓地があり、多い家庭では十何代もの祖先が同じ墓地の中に祀られていたようですね。
それらすべてが、福島第一原発の事故によりすべて吹き飛ばされてしまった、そのように理解していいでしょうか?

金子 : その通りです。東日本大震災で倒壊したものもありますが、墓地と墓石はそのままになっています。私は福島第一原発から20~30キロの場所にある川内村の男性と話をしました。
彼は現在、郡山市内の仮設住宅で暮しています。

3.11仮設住宅
彼は2011年の秋、奥さんが亡くなったと語りました。
もともと体が丈夫ではなかった奥さんは、避難所から別の避難所へ、そこから仮設住宅へという過酷な環境の変化には耐えられなかったものと考えられます。

この男性は例え自分がもう住むことはできなくとも、妻を懐かしい故郷の村に埋葬したと語りました。

《第3回に続く》

http://www.fairewinds.org/fukushima-meltdown-4-years-later/#sthash.cS4E7Xtk.0cl8vZ9P.dpbs
 + – + – + – + – + – + – + – + – + – + – + – + – +

今日の朝刊から河北新報で<祈りと震災>第五部の掲載が始まり、福島の事故後の今に関するルポルタージュの連載が始まりました。その1回目『(26)成仏できるわけない』を読み、朝から涙がこぼれました。
事故前から原発の危険性を指摘していた農家の男性。
事故を見て、「もう福島の百姓は終わり。何も売れなくなる」とつぶやき、農業を継いでくれた息子さんに「おまえを間違った道に進ませた」とわび、福島第一原発の事故の2週間後に自ら命を絶った男性の胸中、そして残された家族。
本当に福島第一原子力発電所の事故については、言葉が出なくなるような人間の悲劇が至る所で繰り返されています。
フェアウィンズのこの記事と多くの事が符合します。
下記URLでぜひお読みいただきたいと思います。
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201503/20150330_63012.html

+ – + – + – + – + – + – + – + – + – + – + – + – +

【 超危険な桟道カミニート・デル・レイ、再オープン 】

アメリカNBCニュース 3月22日
(写真をクリックして、大きな画像をご覧ください)

path01
2年足らずの間に5名が墜落死する事故が発生し、2011年以降閉鎖されていた地上約100メートルのスペインの桟道が再び利用されることになりました。

3月15日のスペイン南部のマラガ近く、アルダレス渓谷の崖に作られた狭い桟道を行くジャーナリストたち。(写真上)
この桟道にはカミニート・デル・レイ、「王の通路」の名が付されています。
もともとは1921年、国王アルフォンソ13世の時代に作られました。
死亡事故の発生により2001年以降閉鎖されていましたが、今年3月28日に再度オープンすることになりました。
この桟道は総延長約7キロ、アローラとアルダレスを結んでいますが、途中1.5キロほどは急な上り下りになっています。
通行料金はかかりませんが、通行許可の申請とヘルメットの着用が義務付けられることになっています。

path02
path03
path04path05

http://www.nbcnews.com/news/world/spine-tingling-cliff-path-set-reopen-spain-n328156

カテゴリー: エッセイ | コメントは受け付けていません。
1 / 1,18712345...102030...最後 »