星の金貨プロジェクト

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【 政府軍による奪還を目前に、住民たちが大挙して脱出を図るシリア・アレッポ 】《後篇》

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所要時間 約 2分

ロイター / アメリカNBCニュース 11月30日

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これまで反政府勢力の支配下にあったアレッポは、アサド政権指揮下の軍の突入が間近に迫る状況になりました。
この事態に戦闘に巻き込まれることを恐れる市民が、大量に脱出する事態となっています。
11月30日政府軍のものと見られる砲撃の後、アレッポ市内の反政府勢力が支配するジブアルケベー地区に散乱するビニールバッグに入れられた遺体。アレッポ ・メディア・センター提供の写真。(写真上)

反政府勢力の支配地区に対し再開された政府軍の砲撃により、市民45人以上が殺されましたが、その大部分が女性や子どもたちだったと、地元の救助隊員が語りました。

11月30日政府軍の支配下にあるアレッポ市内のジブリーン地区でロシア軍が行なっている食料の配給を受ける人々。手前左端はロシア兵、1人おいて右隣はシリア政府軍兵士。(写真下・以下同じ)
ロシア、イランとシーア派民兵にバックアップされているシリアのバシャル・アル・アサド大統領の政権にとって、アレッポの支配権を巡り6年間の戦闘を続けてきました。
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11月30日ジブリーン地区でたき火をする、東部から逃れて来た市民。
しかし反政府勢力が支配するアレッポ市内東部にはなお数千人が生活をしており、2011年から始まった戦いをあきらめて投降するなら、むしろ死を選ぶと語っています。
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11月30日アレッポ市内のジブリーン地区にある退避豪内に座る避難民の男の子。
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11月30日アレッポ市内のジブリーン地区でたき火を囲む避難民の家族。
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http://www.nbcnews.com/slideshow/aleppo-exodus-terrified-syrians-flee-besieged-city-n690266

【 政府軍による奪還を目前に、住民たちが大挙して脱出を図るシリア・アレッポ 】《前篇》

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所要時間 約 2分

ロイター / アメリカNBCニュース 11月30日

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これまで反政府勢力の支配下にあったアレッポは、アサド政権指揮下の軍の突入が間近に迫る状況になりました。
この事態に戦闘に巻き込まれることを恐れる市民が、大量に脱出する事態となっています。
11月29日政府軍の侵攻が間近に迫り、急ぎ市内を脱出しようとするすでに住む場所も失ったアレッポの一般市民。アレッポ ・メディア・センター提供の写真。(写真上)
一進一退の攻防が続く中、攻撃によって廃墟と化したかつての住まいを後に数千人以上が続々と避難を続けています。

11月30日アレッポ東部から西部へと家財道具を抱えて避難する一般市民。(写真下・以下同じ)
国連の人権機関はアサド政府軍の攻撃から逃れるためすでに16,000人を超える人々がすでに脱出し、これからさらに多くの避難民が発生すると見ています。
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11月29日、アサド政権側が用意したトラックに乗り込み、政権側がすでに制圧しているアレッポ東部に避難しようとする住民の集団。
アサド政府軍は一気に攻勢を強め、反政府勢力の支配地域は3分の1にまで減少、破滅的敗北が目前に迫っています。
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11月30日一週間前まで反政府勢力の支配下にあったアレッポ東部のマサケン・ハナノ地区を、戦闘車両に乗って住民の脇を走り抜けるアサド政府軍の兵士たち。
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http://www.nbcnews.com/slideshow/aleppo-exodus-terrified-syrians-flee-besieged-city-n690266

【 写真でみる綴るフィデル・カストロのバイオグラフィー 】《1》

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所要時間 約 2分


アメリカNBCニュース 11月26日
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1929年、3歳のフィデル・カストロ。(写真上)

1941年に撮影されたカストロ兄弟。左から右に、フィデル、ラウルとラモン
2006年7月31日、腸の手術を受けた後にカストロは弟ラウルを一時的な後継者に指名しました。
この時、47年間続いたフィデル・カストロの支配が終わりを告げたのです。(写真下・以下同じ)
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1943年ベレン・イエズス会高校でバスケットボールをする17歳のカストロ。
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カストロは1953年初めて当時のフルゲンチオ・バチスタ大統領のキューバ支配体制に対し武器を取って立ち上がりましたが、この時は失敗に終わりました。
1953年7月26日、自分の後に続いて民衆が反乱を起こすことを期待して、カストロは100人以上を率いてサンティアゴ・デ・クーバのムンカダ軍隊兵舎へ攻撃を仕掛けましたが、失敗に終わりました。
彼は生き残りましたたが、2年間刑務所で服役しました。
大赦を受けた後彼はメキシコに渡りましたが、キューバで闘うために軍隊を訓練していたことが発覚し、メキシコ出入国管理当局によって拘留されました。
この写真はその時、1956年12月にメキシコシティー刑務所内で撮影されたものです。
この直後カストロは釈放され、再びバチスタ政権との戦いに戻って行きました。
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1959年1月、バチスタ政権との戦いに勝利した革命軍がハバナ市内に凱旋更新した際、人々に声援を受けるカストロ。
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1959年、マルクス主義者でありキューバ革命の同志だったチェ・ゲバラとゴルフに興じるカストロ。
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http://www.nbcnews.com/storyline/fidel-castros-death/fidel-castro-life-cuban-leader-n290311

【 一般市民に犠牲を強いながら進められるモスル奪還作戦 】

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所要時間 約 5分

アメリカNBCニュース 2016年11月22日

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イラク軍特殊部隊と民兵が協働し、イスラム国(ISIS or ISIL)からモスルを奪還する戦い。
しかしその陰では多数の一般市民が住んでいる場所からの避難を余儀なくされるか、さもなくば負傷させられたり、殺されたりしています。
2016年11月21日、イラク北部のクルド族が管理するアスキ・カラクのチェックポイントで、フェンス越しに食料を買うために両親とともに行列を作るイラク難民の女の子。(写真上)

11月20日モスルの約70kmの南にあるカイヤラー、イスラム国(ISIS or ISIL)軍が撤退する際各所の油井に放火して行ったため、消化活動を行うために必要な水を送るパイプラインの建設を急ぐ作業員。(写真下・以下同じ)
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11月20日モスルの約70kmの南にあるカイヤラー近くの検問所で、車に乗って順番待ちをするイラク人の一家。
モスルシ市内の中心部では前進を図る政府軍に対し、イスラム国(ISIS or ISIL)軍が狙撃や自爆攻撃を繰り返し、このため政府軍は一旦前進を停止して、拠点防御の体制を取っています。
戦闘の激化に伴い、一般市民の犠牲も増え続けています。
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11月19日モスル奪還作戦の戦闘地帯で、イスラム国(ISIS or ISIL)軍の自爆攻撃によって破壊された高機動多目的装輪車(ハンビー)の周囲で被害状況を確認するイラクの特殊部隊の兵士。
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11月20日モスル市内で、政府軍が行なった食料の配給に群がる市民。
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イラク軍特殊部隊と民兵が協働し、イスラム国(ISIS or ISIL)からモスルを奪還する戦い。
しかしその陰では多数の一般市民が住んでいる場所からの避難を余儀なくされるか、さもなくければ負傷させられたり、殺されたりしています。
2016年11月18日、モスルを巡る戦いから避難し、イラク北部のクルド族が管理するバシカ地区付近でぼんやりとすわりこむイラク難民の女の子。(写真上)

2016年11月18日、モスル市内のアデン地区からイラク特殊部隊第2師団が制圧した市内東部のカルククリ地区に白旗を振りながら避難するイラク人の家族。(写真下・以下同じ)
モスルはイラク国内でイスラム国(ISIS or ISIL)が支配する最後の拠点都市です。
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11月18日イラク特殊部隊第2師団が制圧したモスル市内のカルククリ地区に避難するため、ズボンを下げて自爆用の爆弾を身に着けていないことを示すイラク人の男性たち。
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11月18日、カルククリ地区に入るためひとりひとり身元確認を受ける男性たちの列を監視するイラク特殊部隊第2師団の兵士。
この男性たちの集団は、軍の諜報機関と連邦警察によって身元調査を受けるためカルククリ地区のモスクに誘導されました。
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11月19日モスル市内に『吊るされ』ていたイスラム国(ISIS or ISIL)の兵士。
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イラク軍特殊部隊と民兵が協働し、イスラム国(ISIS or ISIL)からモスルを奪還する戦い。
しかしその陰では多数の一般市民が住んでいる場所からの避難を余儀なくされるか、さもなくければ負傷させられたり、殺されたりしています。
2016年11月17日、モスル近郊のサマア地区に設置された野戦病院で、頭部挫傷の治療を受けた後軍医に介抱される生後18ヵ月のヤッセム。(写真上)

声を上げて苦しむ砲弾の破片により上半身に負傷したモスルの住民ハッサン、彼の息子生後18ヵ月のヤッセムも頭部挫傷のため治療を受けていました。(写真下・以下同じ)
イラク軍部隊はイスラム国(ISIS or ISIL)が支配するモスルに侵攻し、いくつかの地区の奪還に成功しましたが、市内全域を制圧するには尚1カ月を要するとみられています。
モスル近郊に設置された野戦病院にはわずか数時間の間に担ぎ込まれる負傷者が相次ぎましたが、その中には多数の子どもたちも含まれ、このうち5人が死亡しました。
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11月20日モスル近郊でイラク政府による食料の配給を待つ女性たち。
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イラク北部のニネバ平原で、イラク軍に捕らえられ、トラック後部に乗せられているイスラム国(ISIS or ISIL)兵士とみられる戦闘員。
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11月16日モスル市内を進撃するイラク政府軍特殊部隊のすぐ前方で爆発したイスラム国(ISIS or ISIL)の自動車爆弾。
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http://www.nbcnews.com/slideshow/retaking-mosul-costs-civilians-lives-n687261

【 11月15日までの報道写真から 】

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所要時間 約 2分

アメリカNBCニュース 2016年11月16日

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11月15日ドナルド・トランプが大統領に選出されたのを受け、首都ワシントンで行われた抗議デモの参加者。『気候変動は現実』と書かれたプラカードが見える。(写真上)

11月15日イスラム国(ISIS)が支配していたイラク、モスルの東郊約13キロの場所にあるアル・タヒラ・アル・クブラ教会内部の損害状況を調査する男性。(写真下・以下同じ)
アメリカ軍が率いる連合部隊はモスル作戦による開放地区を拡大しています。
国際移民機関はモスル作戦の開始以来49,000人以上の住民が避難しました。
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11月15日モスルのサマアでイラク軍特殊部隊第2連隊がイスラム国(ISIS)を相手に作戦を展開する中、白旗を掲げながら避難するイラク人の家族。
day104
11月15日小雨の降る中、フランクフルト郊外の森の中を歩く男性。
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http://www.nbcnews.com/slideshow/today-pictures-nov-15-n684486

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